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2025年12月15日に、「動きそのもののデザイン」の著者である東京都立大学の三好賢聖先生を津田沼キャンパスにお招きし、「デザインを通じた知のつくり方」と題した講演をしていただきました。三好先生は航空工学系のご出身ですが、博士課程からデザインとアートの分野に転じられたという異色の経歴の持ち主です。講義の副題は「呼吸で起業した研究者人生」であり、技術畑からデザイン、そして起業へと至る約15年間の変遷について、ご自身の経験を交えながらお話しいただきました。

動きの魅力に取り憑かれた研究

三好先生の活動の大きなテーマのひとつは「動き」です。航空工学で学んだ流体の知識を応用し、浮力を使って動くアート作品などを制作されていました。こうした活動で物が動く様子を見て、なぜ私たちはそれを「感じる」ことができるのか、ということに注目をされてきたそうです。博士課程では、変わった動き方をするオブジェを制作してその動きを自らジェスチャーで再現し、人間が物の動きに対して感じる「運動共感」を研究されました。この研究によって、日常生活で私たちが無意識のうちに感じている動きの感覚(振動、回転、バランスなど)を分類し、デザインを意図的に設計するための「知識」へと体系化されました。

会場からは、「点滅などの身体で再現できない動きには共感は生まれないのか?」という質問がありました。三好先生はこれに対して、完全に再現できなくても瞬きなどの近い身体運動で試すことはでき、その中で生じる違和感が学びの価値となると解説されました。動きの再現の目的は、「完全にコピーすること」ではなく「違いを見つけること」にあるということです。

「動き」から生まれたプロダクト

この動きの知識の探求が、呼吸を促す新しいプロダクト「シンコキュウ」の事業化へとつながります。このプロダクトは、上下にゆっくりと動くことで、ユーザーに吸気と呼気のリズムを物理的にガイドします。もともとは「呼吸をする加湿器」という、肺のような構造を持ち、息を吐くような動作でミストを送り出す加湿器のアイデアを検討されていたということです。しかしそこで、加湿するだけでなく、この動きが周囲の人々に伝わり、深い呼吸が伝染していくのではないかということに気づいたそうです。ご自身が長時間パソコンに向かうときに知らず知らずのうちに息を止めていることなどもあったようで、こうした経験から「良い呼吸を促す」こと自体が大きな価値になると考えられたということでした。「人々の生活を変えたい」というデザイナーの信念から起業・製品化に踏み切り、クラウドファンディングで多くの支持を得て、来年には出荷されるということです。

リサーチ・スルー・デザインの実践

講義の後半では、一連の活動の背景にあるデザイン独特のアプローチ「リサーチ・スルー・デザイン(RtD)」について解説がありました。これは、デザイナーが制作(実践)を通じて新しい知識や問いを発見し、それを他者と共有していくという研究の進め方です。三好先生は、面白いアイデアや可能性を感じる対象がまだ世の中にないときや、アイデアが面白いと思える理由がわからないときに、自ら作り、そのプロセスから知識を抽出することが重要だと強調されました。

その後はRtDの本質を問う活発な質疑応答がありました。まず、「思いつき」でできた作品とRtDで生まれた作品の違いについて議論がされました。ロジックでは説明しきれない「クリエイティブ・リープ(創造的な飛躍)」はデザインには不可欠としつつ、RtDにおいては、作った後で「なぜそれが大事だったのか」を論理的に説明し、その知識を共有できることが重要だということです。

また、制作の着眼点をどう見つけるのかという質問に対し、鍵となるのは「詩的好奇心」だという答えをいただきました。好奇心には味覚的なものも運動的なものもあるはずなのに「知的好奇心」だけが代表のように使われていることに対して、詩人が詩を読む際の視点や、詩の世界から感じられる好奇心を大切にされているということでした。そして、「自分が一番読みたいがまだ存在しない本」を自分で書くつもりで研究テーマを追求すること、あるいは「100年後も重要性を失わない基本問題」に立ち返ることを強調されました。

RtDは、制作中に遭遇する「何が良いのか分からない状況で次にどうすべきか」といった思考のプロセスそのものに、「良さ」を導くための知識が隠されているという考え方です。この視点を持つことで、デザイナーは「作る」という行為を、新たな知識を生み出す探求活動にすることができることを学びました。